「ママ、いちばん端っこにすごく小さい白いツルが描いてあるよ!」北京・故宮(紫禁城、Forbidden City)の午門展覧ホールで、幼い子どもの声が静かに響いた。「それは白鶴じゃなくて仙鶴よ」と、黒竜江省(Heilongjiang)から来た張琴(Zhang Qin)さんが娘に身をかがめて説明する。母娘はガラスケースの前にぎゅうぎゅうになって並び、南宋の名画家・趙伯驌の代表『万松金闕図巻』を夢中で鑑賞していた。この作品は中国国家文物局により「国外持ち出し禁止」の国宝級文物に指定されており、その貴重さは『洛神賦図』など中国十大伝世名画をも上回るとも言われている。
2025年は故宮博物院(The Palace Museum)の創立100周年にあたり、一連の展覧会や記念イベントが次々と開催されている。張琴親子が午門で出会ったのは、そのひとつである「楽林泉——中外庭園文化展」。この展覧会は、故宮博物院とシカゴ美術館(Art Institute of Chicago)が共同で主催しており、タイトルの「楽林泉」は、展示作品『皋塗精舎図軸』に記された清の乾隆帝の御筆の詩句から取られている。「林泉」とは、中国の古人が自然の山水を表現する詩的な言葉で、「林泉を楽しむ」ことは、庭園に込めた人びとの理想の暮らしや憩いの姿を象徴している。3月31日の開幕以来、この展覧会は北京の文化界でも注目の話題となっている。
北京・故宮博物院とシカゴ美術館が共催する「楽林泉——中外庭園文化展」で展示されたクロード・モネの油彩『睡蓮』(右、フランス)と、清代の唐炫・惲寿平による『合繪紅蓮図軸』(左)(2025年3月31日撮影、資料写真)。(c)CNS/田雨昊
展覧会は、午門西雁翅楼の展示ホールから始まる。会場に足を踏み入れると、観客はまるで時空を超えて、千年をまたぐ庭園の「対話」の場に入り込んだような感覚になる。展示は、「雅集(風雅な集い)」「鑑蔵(収蔵と鑑賞)」「遊山(山遊び)」「静修(静かな修養)」「観花(花を愛でる)」「暢音(音を楽しむ)」という六つのテーマに沿って構成されており、中国と西洋の代表的な作品約200点が選ばれ、庭園景観が文学・演劇・歴史的逸話などと美しく融合されている。
中でも『万松金闕図巻』は最大の目玉のひとつとなっている。会場スタッフによると、毎朝の開場とともに、この国宝の前には人だかりができ、多くの人が遠方から訪れてその姿を一目見ようとやってくるという。中国の古代では、仙人や天帝の住む場所を「金闕」と呼んでいた。この絵巻は、松林に包まれた金闕の仙境を描いたものだ。中国画を趣味で学んでいる張琴は、「緻密な工筆ながらも、筆致は自由で生き生きしていて、舞い飛ぶ仙鶴や立ちこめる山の気配まで感じられる。南宋の院体画の極致だと思う」と語った。
もうひとつの注目作品は、クロード・モネ(Claude Monet)の『睡蓮』だ。これは、シカゴ美術館、メトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art in New York)、ヴェルサイユ宮殿などから集められた70点の貴重な作品のひとつである。北京・故宮でモネの庭を鑑賞できることに、湖南省から訪れた観客・何杰(He Jie)さんは興奮を隠せず、「来場前から展覧会場の配置を調べて、この名作の場所を「特定」しておいた。一歩入ってすぐ東雁翅楼へ直行した」と語る。彼はこの油彩画の前で、長い列に並びながら写真撮影の順番を待っていた。
展示作品そのものだけでなく、観客たちは展覧会の空間演出にも大きな魅力を感じていた。たとえば、クロード・モネの肖像画と、清代の画家・郎世寧(ジュゼッペ・カスティリオーネ、Giuseppe Castiglione)による『弘歴観荷撫琴図』が「視線を交わす」ように対峙し、また、山水画『合繪紅蓮図軸』と『睡蓮』が並べて展示され、東西の水辺の美が響き合っている。故宮博物院の若手研究者・何媛(He Yuan)氏は、展示デザインについて「曲がりくねった小径に風情のある中国庭園と、整然とした構造を持つ西洋庭園が、ここで出会い、対話を始める場にしたかった」と語る。
この「楽林泉」展は6月29日まで開催される。展覧ホールを出るとき、張琴の娘はまだこう問いかけていた。「仙鶴と白鶴って、何が違うの?」――その疑問は、この展覧会が来場者一人ひとりに投げかける問いでもある。異なる文化の庭園を見比べる中で、私たちは作品の形式美の違いだけでなく、そこに込められた「意境の美」を共有したいという思いを感じ取っているのかもしれない。(c)CNS/JCM