中国では近年、「儀式感」という言葉が日常生活で使われるようになった。
日本人でも漢字のニュアンスから分かる通り、「特別感」「セレモニー感がある」という意味だが、「こだわりを持つ」「節目を大切にする」という広い意味合いで用いられている。「毎日を平凡に過ごすんじゃなく、儀式感を持って暮らさないとダメだよ」「恋人が長くつきあうには儀式感が必要だよね」といった具合だ。
10歳を記念する式典「成長式」の様子。南京市の小学校で(2019年4月30日撮影、資料写真)。((c)CNS/泱波)
上海市で一人暮らしをする20代女性、劉(Liu)さんは毎日、自分の食事をレストランのフルコースのように丁寧に作り、見栄えや盛り付けにも徹底してこだわる。完成した後、スマートフォンで写真を撮った後に食事を始めるのがルーティーンだ。「写真はSNSにアップするわけでもなく、自分のこだわりです。生活に儀式感があると、やる気が増してきます」
山東省(Shandong)の大学生、鄭(Zheng)さんは日頃から「漢服」を着て通学している。漢服は中国歴代王朝の宮廷や貴族をイメージした民族衣装で、数年前から若者の間でブームになっている。ただ、週末の愛好家の集まりで漢服を着る人は増えているが、日常生活も漢服で過ごす人は珍しい。日本で言えば、紋付きはかま姿で通学するようなものだ。鄭さんは電車に乗る時も旅行する時も漢服をまとう。中国では漢服を着る文化がほとんど断絶していた時期もあり、民族衣装を着て日常を過ごす若者を周囲が見る驚きは日本以上だろう。
鄭さんは「私は漢や唐の時代より、宋代の服が好きです。純粋に美しいことと、中国文化のすばらしさを日々感じながら過ごすことで特別感が得られます」と話す。
ちなみに、中国ではフィギュアスケートの羽生結弦(Yuzuru Hanyu)さんが絶大な人気を誇っているが、リンクに入る前に氷を触るルーティーンや常に礼儀正しい態度も「儀式感がある」と称賛されている。
入学式や卒業式などの節目の行事に、伝統的な儀礼を行うことも流行している。例えば、中国の小学校では児童が10歳を迎える記念に「成長式」が行われる。日本でも保護者を招いた「2分の1成人式」を行う小学校が多いが、成長式では児童たちが「衣冠を正す」イメージで古代の衣装をまとい、親や師に両手を合わせて「礼」をとり、校庭にお祝いの赤い門やカーペットを敷いて児童を祝福するという「儀式感」たっぷりの行事が行われている。
中国では今世紀に入り急激な経済成長が続き、多くの国民は生活必需品が手に入るようになった。収入が増えて高価な食事を食べ、高級品に手を伸ばす消費層も増えたが、ここ数年は経済成長のスピードダウンやコロナ禍もあり、精神的な充実感を重視するライフスタイルに重心が移ってきている。社会が目まぐるしく変化し、若者は残業に追われ、家族の結び付きが薄くなっている状況もある。「儀式感」は、モノが満たされた次に心を満たそうとする社会の心理を象徴していると言える。(c)東方新報/AFPBB News
※「東方新報」は、1995年に日本で創刊された中国語の新聞です。